でもまあその間に他のカメラに触れたり文献を読みあさったりとしたおかげで色々と知見が広がった。
今回はにわかなりにそこら辺も少し含めてインパスしていく。

最初のコダックレチナが誕生したのは1934年。
生みの親のナーゲル博士は兼ねてから「高品質な35mmカメラを大衆に広めたい」という理念を抱いていた。
それがアメリカのコダック社の資本力のおかげで実現する。
コダック側もナーゲルの技術力を全面的に信頼し開発における全権を委ねる。
結果ライカやコンタックスなどの高価なカメラにも劣らないながらも、比較的安価で大衆にも手が届く高品位なカメラが完成した。
時を同じくしてレチナの発売に合わせてコダックはカートリッジ入りのフィルムを発売。
フィルムの装填や取り扱いが劇的に簡易になり他社もこの方式を追従。
レチナにも追従しカメラの普及を一気に加速させた。
そんな訳でレチナはカメラ史に残るエポックメイキングな存在。
巻き上げにレバーを初めて採用したのもレチナだ。
レチナを冠するモデルは1969年まで作られ、レチナフレックスや普及機のレチネッテも含めると全53種にもなる。




数多くあるレチナの中でもⅢCはそのボディの中に蛇腹を残す最後のモデル。
f2の明るいレンズ、露出計、距離計、大きなファインダーにブライトフレームと当時のフルスペックレチナ。
サイズは実測でH89mm x W 125mm x D48mm(ボディ部は33mm)。
重さは660g。
よく比較されるⅡaよりもひとまわり大きくなっているけれど十分にコンパクト。
前蓋は開けやすくなり、僅かに大きくなっているにも関わらず丸みを帯びたボディは掌への納まりも良い。
1954年の大規模なモデルチェンジで、発売以来の伝統の八角形デザインを改めてこの曲線的なフォルムとなる。
全体の質感や高級感も格段に向上した。
前蓋の開閉や巻き上げレバーやシャッターの感触、レザーの質感、レンズ群などどこを取ってもⅡaとは比べ物にならないくらいに上質感が漂っている。
その佇まいは「カッコ良い」と言うよりも「美しい」と形容したくなる。
本当に精緻な工芸品の様で気品すら漂う。
当時いくら安いと言ってもライカやコンタックスの家一軒に対してなのでレチナもクルマ一台と同等となればそら高級感の一つも漂わずにはいられまい。
ⅢCの発売は1958年で1960年までの2年間だけ作られ、生産台数は約68000台ほど。
1954年~1957年までのモデルでファインダー窓が小さいⅢcもあり「小窓」「大窓」と呼ばれて区別される。
小窓は約21万台ほど生産され最も売れたレチナのひとつとなった。
今でこそ「ナーゲルらしい八角形でコンパクトなレチナⅡaが至高!」と言われたりするが、当時はこのモデルチェンジが如何に多くの人に好意的に受け入れられたことかがわかる。
この個体はめっちゃ状態が良くて機構の調子も良い。
確かオーバーホールしたとか言ってたっけか。
メッキも綺麗だしレザーもテカりが無くて60年前の機械とはとても思えないニアミント状態。
歴戦感のある機械も好きだが、綺麗なのはやはり使っていて気持ちが良い。
まあこれから俺が使い倒していくんだけれど。


レンズはシュナイダーの名玉クセノン。
シャッタースピードと絞りは当時流行したLV(EV)方式が採用されていてシャッタースピードのリングを回すと絞りも一緒に回る。
これは好みが分かれるところ。
上品なボディから滑らかに出てくる幾重にもなったメカメカしくも高級感あふれる機構群が堪らなく男心を擽る。
絞り値は一段拡張されてf2からf22まで。
シャッタースピードも現代的に速い方を基準に刻まれている。
Ⅱaでは1/500を使いたいときは巻き上げる前に設定しなければならなかったのが、ⅢCではいつでも設定できるようになった。
これは便利。
シャッターは驚くほど静かでめちゃくちゃ上品に切れる。
貴族のお嬢様のくしゃみくらい上品で静か。
音も感触も小気味良い。
最短撮影距離は約75cmとかなり寄れるのも良い。

このモデルになってからはなんと交換レンズが用意された。
レンズの前群だけが外れ交換する方式。
バヨネット式で簡単に脱着できる。
ファインダーには35mmと80mm用のブライトフレームも表示されているが、距離計は補正されないのでヘリコイドの下側にあるメモリを使って読み替えなければならず実用性には乏しい。
なんともレチナらしからぬ機能な気がするが、それほど時代背景的に交換レンズへの需要が高かまっていたんだろう。
このⅢCを最後にレチナはスプリングであることを捨て、リジットマウントとしてレンズの交換とその連動機能を充実させていく道を選択する。

レンズが交換できるのでもしも傷つけてしまっても綺麗なのに交換できるものメリット。
シリアルナンバーは合わなくなってしまうけれど。



ファインダーは大きくとても明るくて見やすい。
ピント合わせの二重像もはっきりとしている。
35mmと80mmのブライトフレームも常に表示されているが、これがグリッドの代わりとして使えて水平や垂直をコントロールしやすい。
おかげでしっかりとイメージ通りにフレーミングができる。
接眼部も大きくて眼鏡を掛けていても全く問題無し。

軍幹部に巻き上げレバーは無く対称的なデザインになっていてるすっきりとした印象。
Ⅱaのメカメカしい軍幹部も好きだけれど、ⅢCのこの上品さも好き。
フィルムカウンターは逆算式で最後の一枚を取り終わるとレバーがロックされる。
シャッターボタンの後ろにあるロック解除ボタンを押しながら背面のボタンをスライドさせるとカウンターを動かせる。
露出計は非連動。
ここで計測したLVをレンズのEVに自分で反映させる。
値は現在でもかなり正確。
巻き戻しはノブだけれどデザインは良いしローライ35みたく手を離した隙にギュルルンと解けたりしないのでこれで良い。
フィルムを一本撮り終わって巻き戻す時ってなんかワクワクするよね。
一刻も早く現像に出したくて気持ちが逸る。

巻き上げレバーは底面にある。
特に操作のし辛さも感じない。
これも好き嫌いが分かれるが俺は好き。
寧ろ独特なメカニカル感があってめっちゃ好き。
ローライ35もだけれど、「凝縮された全方位メカニカル」みたいなのが堪らない。
レバーに抱かれる様にして巻き戻し時のスプロケットのロック解除ボタンがある。
真ん中の穴は開閉時の圧抜きだろうか。

反対側には裏蓋を開けるためのボタンが隠されている。
こういうのも男心を擽る。

お馴染みのフィルム室。
後玉もめっちゃ綺麗。
Ⅱaと同じクセノンでもコーティングが明らかに違う。
シリアルが刻まれており、純正状態だと前玉とマウントと後玉が全て同じになる。
絞り羽は5枚。
Ⅱaの10枚から半減。
これは最大絞り値をf22にするのと、EV連動させるために絞りリングの操作量を等ピッチで稼働させるためと思われ。
それとコーティングが良くなって逆光に強くなったのでゴーストを減らせたからか。
でもやはり場面によっては可愛い五角形のゴーストがでるし、背景ボケも五角形。
これも好みが分かれる部分だけれど、今では珍しいしクラシックカメラらしいのでこの部分も俺は好き。
全体的にスタンダードなⅡaに対して独特操作系のⅢCといった印象。
Ⅱaとの詳細な比較はまた別の機会にとっぷりと。

しかし本当に良く映るカメラだ。
シャープだけれどとても柔らかくて優しく写る。
ボケや彩度、明暗の階調が滑らかで、目にしていてとても心地良い写真になる。
ポートラ160との相性も抜群に良い。
とても良く写っているのだけれどどこかノスタルジックでフィルムらしさをちゃんと感じさせる。

咄嗟に撮った写真が上手く撮れていると嬉しい。
擦り寄ってきてフレームに収めるのが大変だった。
開放の125。
肩のピンを置いている部分はフワフワの毛の一本一本が識別できるくらいシャープ。
そこから滑らかにボケて奥行きが生まれていく。
75cmまで寄れるⅢCだから撮れた一枚。
しかし野良のくせにわがままボディすぎだろ。
作例をブログに載せるにはやっぱスキャナーがあった方が良いね。
今度気が向いたら買おう。
身に余る僥倖に恵まれて数ヶ月という短期間で何台かの名機に触れられた。
でもやっぱり俺はレチナⅢCが好きだ。
シャッターを切るのがなんとも心地良い。
ⅢCは使い手がクセノンとフィルムの性能を最大限に引き出せる様にとても良く考えられて作られているのが伝わってくる。
そしてそれを、工芸品の様な精緻極まる美しい佇まいにぎゅっと凝縮して昇華している。
その性能と上品さを携えて気兼ね無く何処へでも行けるⅢCは、写真を楽しむのに最高の相棒だ。

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